2010年1月29日金曜日

空気読めない?

発達障害、特にアスペルガー障害を抱える人たちは「空気読めない、KYだ」と称されてしまうことが多く、実際にそのような振る舞いにみえてしまうことも少なくないだろう。
しかし、アスペルガーの人たちから話をよく聞いてみると、一概に空気が読めないとは言えないような気がする。「わかってるんですけど、頭の中がいろんなことでいっぱいになって訳が分からなくなる」と述べる人も数多くいる。

アスペルガーの人たちは「空気が読めない」から戸惑う、ということだけではなさそうだ。

実は「空気を“読み過ぎて”」混乱していることも多々あることがわかる。現在の情報氾濫社会の中で、アスペルガーの人たちにとっては、まるで洪水のように様々な情報が押し寄せてくる感覚だろう。

高機能型の発達障害の人たちの中には、いろんな場面に対処しようと、様々なソーシャルスキルをいくつもの「記憶BOX」の中に納めていることがある。一対一で話していると、私が教えられることもたくさんある。よく知っているなと感心することも多い。
しかし、高次対人状況で想定外のことが発生すると、記憶BOXの数々を「どれだろう、どれだ・・・」と開け始めることに必死になり、本来なすべきことができなくなってしまう。その場で凍りついたようになり、突然無言になったりする。

高機能型の発達障害者は完ぺきに覚え過ぎ、知識として知り過ぎ、てしまうので常に知識の過飽和状態の中にいる。初体験状況だとそれも覚えようとするから、「パンパンになった風船」がいつ割れてもおかしくなく、いわゆる過緊張状態が続く。そしてついにはじけ割れてしまう。割れた瞬間はいわゆるパニックに陥り、その後風船は急速にしぼんでいく。その状態像はうつ、ひきこもりのような形として表出される。

このようなパターンを「他者思路推察過多」と名付けたい。過多は、実は読めないことと同義である。

よって、高機能型(に限らないが)の人の支援は、ソーシャルスキルを型どおりに覚えようとして詰め込み過ぎてしまうので、周囲が「これだけ覚えておきなさい」と“絞り”「それはいらないよ」と“捨てる”というソーシャルスキルを習得していくことが必要となる。 取捨選択の苦手さを周囲が整理整頓することで、行動がスムーズになり、過ごしやすくなるだろう。

最近はSSTが盛んに行われ始め、私も1人の支援者として応援したい。しかし、スキルを教え覚えさせるだけではなく、「絞り捨て」のスキルも同時に身につけてもらうようなプログラムも用意しなければ、当事者が知識の海に沈んでいくのを黙って見ることになってしまう。
「教えたのになぜ・・・」という支援者のジレンマは、実は「教えすぎていた」ということに気づくことで解消されるのである。

(twitterの中でつぶやいた内容です。コメントいただいた中からさらに触発されたものを盛り込みました。この場を借りてお礼申し上げます)

3 件のコメント:

素が屋 さんのコメント...

ツイッターより参りました。
今現在、精神科の現場にいるので
実感をもって拝見させていただきました。

自閉傾向にある方や統合失調の方にも
焦りや不安から知識を得ようと
専門書を買ったり、資格取得を目指したりする方がいます。
「情報の過多」になって整理が難しくなり、
パニック・多動等になるケースが
確かに見受けられます。

まさに「教わる」「知る」の先に
必要なもう一歩必要な視点。。
就労支援を含め、支援者のあり方が
問い直される問題提起と感じました。

匿名 さんのコメント...

はじめまして。ツイッターにていつもご意見を拝見させていただいているものです。私は見診断ですが間違いなく発達障害を持っている未婚女性で、一般就労しています。
「高機能型の発達障害者は完ぺきに覚え過ぎ…(中略)…その状態像はうつ、ひきこもりのような形として表出される。」の部分が昨年の自分の状況ととてもよく似ておりました。正直今まで、発達障害を語る上での専門家の見解はどれも靴の上からかゆいところをかいているようで不満があったのですが、この書き込みを見て少し胸のつかえが降りました。
ちなみに私は、一応発達障害を診られる専門医にかかってみましたが、ついた診断名は「適応障害」でした。自分では「超・不適応障害」だと思っているので意外でした。

Michio Ariga さんのコメント...

>素が屋様
コメントありがとうございます。
精神科臨床は「視点」が重要と思います。見る目を養うにはやはり日頃の体験から得る事実が大切と思っています。

>匿名様
ツイッターからですか、ありがとうございます。私の持論が少しでも当事者の皆さまの生活に還元できればと思っていますので、とてもうれしく思います。今後も引き続きよろしくお願いします。