2009年12月19日土曜日

人生の選択

私は嘱託医として児童相談所にも勤務している。
主な業務は療育手帳の更新、判定である。

先日の勤務の話をしたい。
療育手帳新規申請依頼のため、中学生女子と両親が児童相談所に来所された。
担当心理士からの情報によると、女子生徒は学習面での遅れがあるため現在特別支援教室に在籍しており、今後の進路として全日制の高校入学は難しいため、高等養護学校に入学するには療育手帳を取得している必要があり、学校教師より勧められ・・・とのことだった。学校からの情報(生活状況や学習状況など)は一切ない。
このような流れでの手帳取得はしばしばあることなので、通常どおりの業務で終わらせようと考えていた。

しかし、知能検査の結果は、療育手帳発行が可能なIQを若干上回っており(要は知的障害とは判定できない)、残念ながら療育手帳の発行はできないとお断りしようというつもりで来談者を待った。

そして、両親と、女子中学生が診察室にやってきた。
皆緊張した様子で私の表情をうかがっている。
殺伐とした空気を切り裂くように、私から話を切り出した。
「え~本日は療育手帳の新規申請と伺っていますが・・・」
両親は「はい・・・」とうなずくだけで、それ以外は口にしなかった。
女子生徒はずっと黙って下を向いている。

私は女子生徒に尋ねてみた。
「養護学校に行きたいですか?」
本人は黙ってうなずいた。

そして、母が口を開いた。
「この子は・・・漢字が読めなくて計算もできないんです。小学校からずっと苦労していて・・・
それでも学校は行き続けています。何か楽しいことがきっとあるんでしょう。」
さらに、
「おそらく漢字を“絵”として認識しているようなのです・・・書き順はめちゃくちゃだけど、最終的にその漢字の“ような字”になっているんです。」
「だから、絵を描くのはとても得意で、絵のモデルを少し見せただけでそっくりな絵を描くことができます。気に入ったアニメDVDの一節は一字一句覚えていて、いつ聞いても間違いなく教えてくれます。」
と教えてくれた。
父はうなずきながら「本当にこの子は天才じゃないかと思うことがありますね」とつぶやくように話した。
本人は「もうやめてよ・・・」と恥ずかしそうに両親を見つめていた。

そんな話を聞いていると私は、結果より療育手帳を発行できない、という文言をなかなか口にできなかった。

最後に 母がこう言った。
「この子は私たちにないものを持っている。他の人が気付かないところに気づける才能がある。いろんなことを教えてくれる。一時期は“普通の子”であってほしいと思ったことも多々ありました。でも今は、この子が私の子であることがとても幸せなんです。養護学校ならこの子の才能を認めてくれると思って・・・」
隣で父は涙していた。本人はずっとうつむいたままであった。

私は、療育手帳を発行することに決めた。
診断は広汎性発達障害+LDだろうか。
しかし、診断など、もはやどうでもいい話だった。
両親のわが子にかける思い、愛情、信頼を目の当たりにし、久々に涙した。

IQで人生を決定できるはずがない。
療育手帳の有無で人生が左右される発達障害支援の現状。
だから、無理やり「パスポート」を持たせるしかない。

診察の最後に私は、
「手帳を発行することくらいしか私にはできませんが、皆さんそれぞれの人生を応援します」
とお伝えした。

発達障害を抱える人の、人生の選択、それはあまりにも過酷すぎる。

7 件のコメント:

toruaki さんのコメント...

真のプロフェッショナルの志、
それは、魂に対峙する姿勢。

こうしたエピソードが、
エビデンスを超えた力を持つことに、
深いまなざしを向けたい。

FEEL TANKに向かうべき今、志を忘れがちな日常のなかで、所長の姿勢に共感を覚える。

PS ツイッターというのは、どういうものなのでしょうか?(時代遅れのサムライより)

michiaripsy さんのコメント...

>toruaki様

コメントありがとうございます。
私に共感を示してくれる人がいる限りは“侍魂”をもって自分に偽りのない生き方をしていこうと思っております。

twitterですが、私も実はよく知りませんでした(笑)
簡単に言うと、チャットとブログを足して2で割ったようなサービスです。
頭の中にあることを「つぶやき」という形で発信し、それを見た人たちがコメントしてつながりが生まれる、というコンセプトのようです。
私のtwitterの使い方としては、blogを書くためのネタとして、現在頭の中にある考えをすぐに書きためておくようにする、という形にしておきます。
まだ始めたばかりなので、使い心地を味わってからお伝えいたします。
今のところは、結構楽しいですね。

S さんのコメント...

サヴァン症候群じゃないんですか?

ミフミ さんのコメント...

たまたま目にとまりまして、ブログを拝見しました。

私の身の回りには社会に適応できずにいる(20代男性)を家族に持つ知人がおり、相談などを受けるうちに、問題の難しさを感じています。

当人の家族、両親や兄弟なども深く悩み、当人との距離の近さからなかなか状況を客観視できずに、精神的に参ってしまいかねない状況です。

人様の家庭の問題に私が口を出すのもどうかと思うのですが、知人の家族全員の将来を思い、東京都の多摩総合精神保健福祉センターなどの公共サービスなどに相談してみたらとすすめました。

長々と書いてしまいましたが、当ブログを読んで、カウンセリングを受けられる方のことを親身になって考えておられる先生がいることを知り、心強く思いました。

いろいろな悩みを持つ人とその家族を含めて、多くの場合、誰に助けを求めてよいかわからず、問題を抱え込んでしまっているように思います。
十分な体制をとるためのリソースの問題もあるとは思いますが・・・。

NINA さんのコメント...

地方の公立病院に勤務する児童精神科医です。Twitter経由でお邪魔しました。

IQとしては低く出ないけど発達障害特性をもっているこどもたちに出会う機会はとても多いのですが,どんな支援ができるだろう?っていつもとても考えさせられます。
まずは目の前でお会いした私自身がその子のステキなところをご家族やご本人と一緒に味わうことだろうし,必要かつ可能であれば手帳などの公的支援も積極的に使っていただけるように…と思っています。
親御さんに大切にされているこどもたちに出会うと本当にホッとしますね!

twitterのほうでもフォローさせていただきます。これからもどうぞよろしくお願い致します!

michiaripsy さんのコメント...

>ミフミさん
ご訪問ありがとうございました。
当たり前のことを当たり前にやることの困難さが、発達障害臨床にはあると思います。今後ともよろしくお願いいたします。

>NINAさん
こちらこそよろしくお願いいたします。
子ども支援、さらに障害児政策は国の、いや世界の重要施策なはずなのに、このような現状があることを知られていません。
共感してくれる人がいる限り、このように発信し続けていくつもりです。
今後もよろしくどうぞ。

たっちー さんのコメント...

facebookのはらさんのリンクをみてお邪魔しました。内容を拝見しながら何度も感動し涙いたしました。周りのお母様方はインターネットをした事がないのでブログの内容を印刷しグールプ内で読ませていただく事お許しいただけなでしょうか。鹿児島のド田舎なので申し訳ないです。