2011年4月7日木曜日

招待状

覚せい剤、大麻、合法ドラッグ・・・いわゆる「クスリ」に溺れていく少年らと、かれこれ8年ばかり話をする機会をもっている。

薬物依存の臨床に従事するようになり、当初はただただ教えてもらうことで精いっぱいであった。
教科書的な知識を紐解いて伝えても、少年らは明らかに疎ましげな表情で、うつむいて聞いている。
私が何もわかっていないということを、直面せざるを得なかった。

中途半端に身にまとった知識をかなぐり捨て、初心に回帰して、なぜクスリをやり始めたのか、その動機と経緯を少しずつ聞いていくことにした。

それはまさに、「物質世界への“招待状”」のやり取りから始まる。
ようこそ、クスリの世界へ・・・と。
薬物に耽溺してしまった人たちによれば、その“招待状”をあけるのを一度はためらうのであるが、一旦開けたらそれは入るしかなく、引き返すことのできない世界だったようである。

共通するのは、薬物をやめることそのものよりも、やめた状態で生きていけるのか、という不安で押しつぶされそうなのを、なぜ分かってくれないのか、というメッセージを送信していることである。
しかし、その送信したメッセージは、たいてい破棄されてきた。よくてクスリやめようよ、自分を大事にしなよ、という定型文だけが返信されてくる。そしてその定型文を破棄する。


「クスリがヤバいことくらい知ってるよ。どいつもこいつも言ってるし、見てきたし。でも生きてること自体がヤバいんすけど」

という強烈なメッセージを突き付けられた時は、何も言えずカルテに記載することでごまかしていた時もあった。何と答えていいかわからない。いや、答えてはいけないのかもしれない、と思考が何度も廻っていた。

「もうあなたたちの世界へ戻れないかもしれない」という不安と恐怖、それでも戻るべきなのだろうという残された健康部分が激しくぶつかり合う状態、これに耐えきれなくなった時にいわゆる「解離」が惹起されるのかもしれない。

苦しい解離状態から脱却するために、やはりクスリを使用することもしばしば認める。
違法薬物はさすがにヤバい、それならば、アルコールや抗不安薬・睡眠導入薬ならば・・・。
敷居を下げているように見せかけ、結局は何も解決していない。


「解離性障害ですね」「パニック発作だね」といった援助者側のラベリング会話は、様々な意味で全てを終結させてしまうだろう。
本人達の生き様は、そんな一言で片づけられるものではないことくらい、向き合って話を聞けばわかるはずなのに・・・。

ひたすら、続けて、「学ぶ」しかない、少年らから。

1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

謙虚なのか自画自賛なのかよく分からない文章ですね。
うちの子の先生もまだ30代とお若いですが、ごたく言わないです。
ただただ受け止めてくれるのみです。
うちの子は先生が大好きです。
誰に何を言われてもてんで響いてないような子ですが、先生と約束した事だけは必ず守ります。
先生と出会って一年半、うちの子はシンナーをやめました。
もっと頼れる存在を見つけられたからです。
受け入れられる事の喜びを知った今では、
『先生のような医者になる』と、必死で勉強しています。
薬物依存からの脱却以上に大きなものを頂きました。
将来の夢にとどまらず、人生の指針を。