2013年1月9日水曜日

置き去りにされたこどもたち

発達支援センターで相談を受けていて時々感じることを綴ってみたい。

日々の生活に苦悩しているこども本人を取り巻く大人たちが、こどもの診断は発達障害か否か、学校に行かせるべきかどうか、などそんな議論を繰り返してばかりで本人の気持ちを置き去りにしていることに、誰も気が付いていない。

不登校状態のこどもたちは、学校に行かねばならないとわかっていても、足がすくんでしまう。
そんな状況で発達障害か否かをひたすら議論して何の解決になるのだろうか。
まずは不安と恐怖で怯えているこどもに対する安心保障を与えることが最優先事項である。

以前受けた相談で、こどもは発達障害ではないと評価した際に、周囲から「それなら登校を促しても大丈夫ってことですか?」と尋ねられた時にはさすがに閉口した。
最近の風潮として痛切に感じるのは、「発達障害」というワードに援助者を含めた大人たちがあまりにも振り回され過ぎているということである。

発達障害であろうとなかろうと、まずはこどもたちの生の声に耳を傾けよう。
そんなこと当たり前だろうということを、当たり前のようにやっていく。

そして、時に非行少年の相談を受けることもある。
非行少年が更生しようと決意し学校へ行きたいと言っているのにもかかわらず、学校サイドは服装の乱れなど表面上の評価に終始し、校則違反を続けているなら登校してはならないと突っぱねるようなこともまだまだ耳にする。
なぜ校則違反を続けねばならないのかその理由を本人に問わずして。

一般的に話し言葉で伝えることが何よりも大切なことと考えられているかもしれない。
しかし、行動や態度で自己開示するしかないこどもたちは数多くいる。非言語的なメッセージに対して見て見ぬふりをされたり断罪されたりすることに、強い怒りと悲しみを抱えながらさらにもがきつづけねばならない。

こどもたちを応援したいのであれば、様々な行動の裏側にある背景を探ろうとする不断の努力が、必要なのである。

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