後から突然やってきたわだかまりが、先行するわだかまりに追突し、付随するネガティブな感情を惹起させる。そしてまるで玉突き衝突のイメージである。 traffic jamの状況が長く続けば続くほど、生起した感情がどのエピソードによるものか区別が難しくなり、混乱は大きなものとなる。
ある時わだかまりの交通整理役が登場し、traffic jamは解消されないが追突を起こさずそこに停止することができるようになると、一旦感情の惹起は収束する。一見落ち着き解決したかに思えるその状態は、 感情の玉突き衝突が起こっていないだけかもしれない。まだそこに、ある。
わだかまりのtraffic
jam解消を一時的にでも図る手立てとしての自傷行為、自己誘発性嘔吐、薬物やアルコールへの耽溺・・・。これらの「少しスッキリする」と表現される代償
行為による結果は、わだかまりのtraffic
jamが一時的に通行可能になったことを示唆しているようだ。しかしながらそれらは長期的にはわだかまりのtraffic
jamを長引かせてしまうかもしれない。通行したわだかまりは再び最後列に戻ってきてしまう。繰り返されるわだかまりのループとなる。
多重衝突を起こしているわだかまりの道先案内人はどこにいるのだろうか?もしかしたらどこにもいないのでは?そんな漠然とした不安を抱えながら、私の外来 にやってくるこどもたち。わだかまりの旅立ちの時を、共に実感する日がやってくることを信じ、これからもこどもたちと対話を続けていきたい。
多重衝突を起こしているわだかまりの道先案内人はどこにいるのだろうか?もしかしたらどこにもいないのでは?そんな漠然とした不安を抱えながら、私の外来 にやってくるこどもたち。わだかまりの旅立ちの時を、共に実感する日がやってくることを信じ、これからもこどもたちと対話を続けていきたい。
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